広東省広州市・小北地区(リトル・アフリカ)と日本の在留外国人政策を比較しつつ、移民・多文化共生・都市経済の観点から分析します。
1.グローバル南の時代と都市の国際化
21世紀に入り、世界の都市は経済活動と人の移動によって、かつてないほど多様な社会を形成している。特に中国・広州市の小北地区(リトル・アフリカ)は、グローバル南(Global South)からの移民・商人・起業家が集う都市空間として注目されてきた。ここでは、国家の強い統制下にありながら、制度の網を越えて国際的ネットワークが形成されている。一方、日本でも外国人労働者や技能実習生、留学生の増加によって、多文化社会の現実が都市や地域で急速に進行している。
本稿では、小北地区の実態を踏まえつつ、中国と日本の在留外国人政策を比較することで、両国が抱える共通課題と差異、そして多文化共生都市への転換に向けた教訓を明らかにしたい。
2.広東・小北地区に見る「非制度的多文化社会」
2-1 経済と人の流れが生んだ空間
広州市は中国南部最大の貿易都市であり、改革開放以降、世界中の製品を取り扱う「世界の市場」となった。その中で小北地区は、アフリカ・中東系の商人が集まる拠点として発展し、「リトル・アフリカ」と呼ばれるようになった。彼らは中国製品を買い付け、母国へ輸出する中継貿易に従事し、ホテル・飲食・倉庫・通訳・宗教施設などが非公式に形成されている。
経済社会学的に言えば、小北は「制度の隙間に生まれた越境的商業空間(transnational commercial enclave)」であり、国家の法制度を完全に越えることはないが、非公式な経済ネットワークによって実態が動いている。この柔軟性こそが、統制国家である中国における「グローバル化の実験場」として注目される理由である。
2-2 統制国家における「支配の限界」
中国共産党は都市の秩序と監視を重視するが、小北地区のような国際的商人街では、ビザ管理、居住登録、税務の全てを完全に把握することは難しい。これは支配の欠如ではなく、統制コストと経済利益のバランスの結果といえる。政府は経済的メリットを維持するために、一定の「非公式空間」を黙認してきた。
このような「部分的自治」とも呼べる状況は、社会主義国家における統治の柔軟性を示すものであり、国家の硬直的統制と市場の自律的運動がせめぎ合う象徴的な現象である。
3.日本における在留外国人政策の構造
3-1 管理型から共生型へ
日本は長らく「単一民族国家」という自己像を持ち、外国人受け入れを制限的に運用してきた。しかし1990年の入管法改正で日系人就労が認められ、2000年代以降は技能実習生、留学生、エンジニアなど多様な在留資格が整備された。
2024年時点で日本の在留外国人数は約320万人に達し(出入国在留管理庁統計)、特に都市部や製造業地帯では、外国人が地域社会の維持に不可欠な存在となっている。
近年では「共生社会の実現に向けた総合的対応策」(内閣府、2018年)が打ち出され、自治体・教育・医療・防災など、外国人住民を地域社会の一員として受け入れる政策が進んでいる。とはいえ、制度は依然として「管理型」の色彩が強く、滞在者の生活権・社会参加・永住化への道筋は限定的である。
3-2 経済構造における位置づけ
日本の外国人労働は、構造的に「人手不足の補完」として利用されている。技能実習制度や特定技能制度は、表向き「人材育成」を掲げながら、実際には労働力供給システムとして機能している。これに対し、中国・小北のアフリカ系商人は、国家主導ではなく市場自発的に参入しており、国家が後からその実態を追認してきた。この点で、日本と中国では「国家と移民の主導関係」が逆転していると言える。
4.小北と日本の外国人社会の比較:5つの視点から
| 観点 | 広東・小北地区 | 日本の外国人社会 |
|---|---|---|
| 制度的枠組み | 非公式・市場主導的。行政の管理が難しい。 | 厳格な法制度下で管理。ビザ・資格で分断。 |
| 経済的機能 | 貿易・再輸出・起業など自立的商業活動。 | 労働力補完。企業や自治体が管理。 |
| 文化的特徴 | アフリカ・中東の多文化融合。宗教・言語が多様。 | 東アジア系が中心。地域ごとに文化混在。 |
| 政府の姿勢 | 経済的利益を重視しつつ監視強化。 | 秩序と社会統合を重視。受入は限定的。 |
| 社会統合の課題 | 治安・差別・居住環境の不安定。 | 言語・教育・地域参加の遅れ。 |
この比較から浮かび上がるのは、中国は「市場が国家を押し広げる」社会変容であり、日本は「国家が市場を管理し続ける」社会構造であるという対照性である。
5.都市社会学的考察:多文化共生の「場」の条件
小北地区は、国家の意図を超えて多文化的ネットワークが形成された稀有な例である。ここには、商取引・宗教・言語・食文化が交錯し、異なる国家の人々が「都市」を媒介に共存するダイナミズムがある。
一方、日本では、地域社会が「生活圏」として外国人を受け入れる努力を重ねているが、制度上の壁や同化圧力が依然として強い。
社会学者ジグムント・バウマンが指摘したように、「流動的近代(liquid modernity)」においては、人の移動・帰属・アイデンティティが流動化し、国家による固定的な統制が揺らぐ。小北はその典型例であり、日本社会もまたその潮流の中にある。
つまり、今後の課題は「外国人をどう管理するか」ではなく、「多様な人々が共に暮らせる都市の制度設計をどう描くか」である。
6.良い効果と潜在的課題
6-1 小北がもたらしたポジティブな影響
- 中国製品を世界へ流通させる中継点として経済活性化に寄与
- 広州の国際化・観光資源化への貢献
- 異文化共生・宗教的寛容の部分的実践
6-2 同時に顕在化した問題
- ビザ・滞在管理の不透明化
- 治安・衛生・差別問題
- パンデミック時の排除と社会不信
6-3 日本の課題との共通性
日本でも、技能実習生の劣悪な労働環境、外国人児童の教育格差、地域社会での孤立といった問題が報告されている。つまり、小北と日本の違いは制度の厳しさにあるが、共通するのは「外国人を社会構造にどう位置づけるか」という根本問題である。
7.今後の展望と提言
- 国家主導から社会主導へ
日本も中国も、外国人政策を国家安全保障や経済政策の文脈で捉えがちである。しかし今後は、自治体・NPO・企業・教育機関が主体となり、生活の現場で共生を実現する仕組みが求められる。 - 多文化コミュニティの制度的承認
小北のような自発的コミュニティは、公式制度が対応しきれない現実の先行形である。日本においても、ブラジル人学校やモスク・ベトナム人会など、非公式なネットワークを行政が支援し、社会の一部として位置づけるべきである。 - 経済と文化の統合政策
外国人を「労働力」ではなく「地域資源」として扱う政策が必要である。多言語サービス、ハラル対応、国際商業街区の創出など、経済と文化を一体として発展させる視点が重要だ。 - 都市の国際化を推進するガバナンスモデル
広州が「市場主導型国際都市」なら、日本は「制度調整型国際都市」へ進化する可能性を持つ。自治体の権限強化、移民政策の地方分権化、教育・医療・防災への外国人参画が今後の焦点となる。
8.結論
広東・小北地区と日本の外国人社会は、制度も文化も大きく異なるが、いずれも「グローバル化という不可逆的な現象」と向き合っている。
小北が示したのは、「国家の想定を超えて動く市場と人の力」であり、日本が直面しているのは、「国家の枠内で多文化社会をどう制度化するか」という課題である。
両国の経験を対照的に眺めることで見えてくるのは、多文化社会は統制ではなく、相互理解と柔軟な制度によってしか維持できないという普遍的真理である。
中国の小北、日本の地方都市――そのどちらも、21世紀の都市社会における「多様性と共生の実験場」であり、グローバル社会の未来像を先取りする場所となっている。
